春一番もかくや
 



     3



彼ら自身はいかにも忌まわしげに “腐れ縁”だと口にする間柄、
“双黒”という名の、元・裏社会最強の相棒同士であった 太宰治と中原中也。
片やがマフィアを抜ける以前より、そもそも嫌い合ってた彼らだそうで、
顔を合わせるたび相手を呪いたいかのように毒づくほどのそれなれど。
ただの柵みにしてはそれは強固で揺るぎなく
唯一無二には違いないその縁だか絆だかは、
何だかんだ言いつつもなかなか解けはしないらしい。

『大方、よからぬ異能に引っ掛かってしまって、
 私の異能で無効化しようと押し掛けたってとこなんだろう?』

『……っ。』

数年前に住む世界を違えてしまったそんな二人が
だというに今の今 路地裏にて顔を合わせているのは、
今回ばかりは奇遇ではなく、わざわざ目指した末のそれだったようで。
そうとなった理由というか、
彼らだって好きでそう運んだわけじゃあないらしい中也たちの側の事情、
一言も明かされないままという強行だったのが、さすがに腹に据えかねたのか。
日頃、勿体ぶった言い回しの多い太宰にしては何とも端的、
なればこそ居合わせた誰にも制することが適わなかった呆気なさで、
察しがよすぎる策士殿の手により無慈悲なほどにもあっさりと暴かれてしまったらしく。

 「あ……。」

猶予も与えずの容赦なく弾き飛ばされた、中也お気に入りの黒いボーラーハットが
ぱさりと彼の足元へ落ち切るまでの寸刻が、
妙に長かった暇間だったよな気がしたのは敦だけではなかったはず。
一体どうしたのだとじわりじわり執拗に訊かれるのも底意地が悪い仕業じゃああったろが、
問答無用で一気に丸裸状態へと剥かれてしまうのも、それはそれで酷ではなかろうか。
というのも、

 「…中也さん?」

一体どういう寝癖だろうかと、なけなしの現実逃避からそう思ってしまった敦だったが、
プッと噴き出し、そのままアハハハと笑いだした太宰の声に我へ返って唖然とする。

「相変わらず脇が甘いねぇ、中也。」
「うっせぇなっ。」

「あ…。」

こんな姿を晒すなぞ恥ずかしい以外の何物でもないということか、
堂に入っての威嚇的なそれながら、どう断じても八つ当たり気味な怒号を放つ彼であり。
あああ、やはりあれってただの寝癖じゃあないのだろうな。
第一、それじゃあ何で太宰目当ての急襲なぞ構えた彼らなのかの説明がつかぬ。
普段よりも帽子が飛びやすかったのも恐らくはそのせいだろう、
柔らかそうな赤毛の毛並みがふんわりとまといつく、
随分と大きめの獣耳が一対、彼の頭に乗っかっており。
お怒りの感情に合わせてのことか、ふるるっと震えて動いた辺り、
出来のいい作り物でもないらしく。

 「えと、ちゅうやさん?」
 「う……。」

ぎこちなくも敦が掛けた声に反応してだろう、
その均整の取れた背中がひくりと強張る。

 「それって、猫…ですか?」
 「…人虎?」

訊くに事欠いてそれかと、斜め上をゆく敦の発言へ芥川が眉を寄せたが、
中也本人の側は振り向きもせで。
そんな彼に代わってか、

 「いいや、犬だな。」

太宰が楽しそうに乗っかってくる。

 「ゴールデンレトリバーか、シェルティでしょうか。」
 「なんの、ロングコートチワワだろうさ。」

それかパピヨンかなぁ?と小型犬ばかり挙げるのへ、
さすがにお怒りの沸点がまたもやじりじりと上がったか、

 「………っ

真正面に立つ太宰へ向けて、それはおっかない顔になっているのだろうこと、
袖を通さぬまま引っ掛けられた黒外套が覆う肩の尖り具合で
背後に居た格好のあとの二人へも何となく通じて。
だっていうのに、

 「まあ、その身の丈に見合った見た目じゃああるよね。」
 「うるっせぇなっ

太宰はその口を閉じもせず、ますますと揶揄の声を上げてゆく。
こと、この元相棒様を煽ることにかけては、
もはや名人芸に至っているんじゃあなかろうかという困った性分の包帯のお兄さんであり。
揚げ足取りから皮肉まで、遠回しに繰り出したり直截に突き付けたりと、
豊富な語彙を駆使し、わざわざ怒らせる方向へと持ってゆくのは常のこと。

 「可愛いもんじゃあないか。」
 「黙れ、糞鯖っ。」

彼もまたすこぶるつきの美丈夫なところは先に述べた太宰に匹敵しよう級であり、
太宰が端正な風貌へ思わせぶりな蠱惑をまとっているミステリアスなタイプなら、
中也はそれは判りやすい華やかさを、なのに鼻にはかけずの自然体であらわにしている、
凛として自負高き、所謂“佳人”という手合い。
質の良い玻璃玉のよな青い双眸 伏し目がちにして
文庫本なぞへ視線を落としている無心な横顔なぞ、
誰もがうっとりと見惚れてしまうほど美々しい人ではあるけれど。
取り澄まさず高笑いする時の伸びやかな声や、
油断してか肩の線が緩んでいても、背条はしっかと伸びている強かさとか。
悪巧みすんぞ手前も一口載らねぇかと、にんまり笑うお顔の屈託のなさなぞ、
同じ男としても憧れてやまぬ 覇気あってのそれであり。
とはいえ、そういった頼もしさも男気も
こうまで愛らしい獣耳が頭にくっついてしまってはさすがに霞んでしまうもの。
それでなくとも小柄な身であることがコンプレックスらしいのに、
そこへのこの事態とあって、さぞかし情けないなと傷心したに違いないと、

 “…中也さん。”

こんな強行に至ったのも、
手前なんぞに頭を下げるなんてと言いつつ、
頼みの綱である太宰だとはいえ
このような風貌になったの 晒すのが癪だったからだろうにと。
虎の少年がそうと感じ入りつつ、はらはらと見守っておれば、

 「…人虎、もしかして誤解してはいないか?」
 「え?」

同じようにコトの運びを見守る身の芥川が、
すぐの至近にいる敦にだけ届くような声を掛ける。

  先達はあのような見目になったのを恥じらっているのではなく、
  隙を突かれた自身の甘さを自ら恥じておいでなのだ。

  あ…。

着るものや身の回り品にはこだわりもあって、それなり洒落者ではあれど、
ずぶ濡れで途方に暮れてる者がおれば あっさり手を伸べるよな、
何がどう汚れても構うものかと頓着しない豪気な性分の中也でもあって。

 「太宰さんと貴様が此処を通るだろうことを突き止めたのも、
  異能を浴びた身のままで、現場での事態収拾という働きをこなされてから。」

 「そうなんだ。」

 「何より、自身の見目へと肩を落とすような方ならば、
  貴様の前へ飛び出さねばならぬことも躊躇なさるとは思わぬか?」

面子のようなものを気にし、こんな姿をこそ恥ずかしいと思う人ならば、
そんな格好のまま 可愛がっている愛し子の前へ飛び出すだろうか。

 そしてそして、

牙のような八重歯を剥き出しにしそうなほどの体でがなりつつ
そりゃあ焦っている元相棒なのへ、
ついつい手酷い揶揄を放る“誰かさん”なのは、
常の間柄がそうだからという建前が邪魔をし、
そちらも素直になれない自身への歯がゆさの裏返しだったか。

 「そうだよね。私が独りになる隙をつけばいいものを。」

よしよしと幼子相手のように囃し立てつつも、
そんな構いようの末の 子供扱いの体でさりげなく
向かい合う相手の頭をポンポンと撫でるように叩いてやっている太宰であり。
だというに、

 「…戻らないとこ見ると、開放型の異能じゃあないみたいだね。」

ふさふさした二つのお耳の間へ手を載せた格好で、
これは困ったねぇと やっとのこと真面に取り合おうという顔になっておいでで。

 「で?相手は? 捕らえてはいる…はずはないか。」

やはりやれやれとかぶりを振る太宰だったが、
え?何で判るんですか?と、先達の言いようへ敦が目を見張る。
そういった彼らの側の事情とやら、まだ一言たりとも語られてはないのにと、
不思議そうな想いを隠しもしない目顔で問いかければ、

 「当の異能者を囲っておれば、こうまで焦りはしなかろうからね。」

素直でよろしいということか、それとも時間が惜しいからか、
太宰もすっぱりとした応じを返す。

「ポートマフィアにはそれ専任の拷問班もあるのだ、
 文字通りギリギリと締め上げ搾り上げて吐かせりゃあいい。
 当事者が居なくてそれが出来ない、ヒントさえないからこそ、
 最後の手段だろう私の異能無効化へ縋ったんだろう?」

人のことは言えないが、意地の張り合いは解決を遅らせるだけだよ?
もしかして急ぎの任務が控えてるんじゃないのかい?
それも ただ暴れて鏖殺すりゃあいいって単純さでは済まない手合いのが。

「君がこのままだと芥川くんだけで掛からないといかんとかいうのは、
 たとい森さんが認可しても私が御免だからね。」

「…何でそこまで判るんだよ。」

怜悧なほどに知的で、そこへ加えて素直じゃあない包帯策士殿の、
判りやすいがそれ以上はない参加動機というのが明らかとなり。
虎の子くんが心から安堵したのは言うまでもなくて。(おいおい)
ほおと胸を撫で下ろし、
そんな気配へやっと振り向いてくれた赤毛の兄様だったのへ、
含羞むように微笑って見せた敦くんだった。



     to be continued.(18.03.21.〜)






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 *相変わらず冗長ですいません。
  そのくらい面倒くさい人たちだってことで。(こらこら)